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ジョン万次郎がアメリカに操られていたという陰謀説をひも解いてみる

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鎖国していた江戸幕府を開国へと導くことに尽力したジョン万次郎。

彼の功績は坂本竜馬よりも大きく、近代日本の建国の父といっても過言ではありません。しかし彼の背後に何やらチラつくものがあるのも事実です。

無学のジョン万次郎にとって、基礎知識のほとんどはアメリカで学んだものです。彼の帰国直後から大きく開国に向かっていく日本。物事のとらえかたは人それぞれですが、彼はアメリカから支援を受けたのか、それとも操られたのか?

幕末のみならず、少し長いスパンで歴史を眺めてみながら真実をヒモ解いてみましょう。

ジョン万次郎の優秀な能力をアメリカが利用したという陰謀説!?

足摺岬に立っている「中濱万次郎像」。彼の左手には直角定規とコンパスが。定規とコンパスといえば、フリーメイソンのシンボルです。なぜ彼の銅像にそんなものが?日本人の彼がなぜ?

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救助直後の万次郎少年は、アメリカ時代に「ジョン・ハウランド号」のホイットフィールドの養子として暮らしていました。その船のオーナーはワレン・デラノという人物で、アメリカ合衆国第32代大統領のフランクリン・デラノ・ルーズベルトの祖父です。

ルーズベルトはオランダ系ユダヤ人で、ユダヤ名で発音するとローゼンベルクです。彼はフリーメイソンでした。

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足摺岬のジョン万次郎の左手に直角定規とコンパスが握られています

そんなワレン・デラノは中国におけるアヘン商売で大きな財を成していました。アヘンといえば上海を拠点とするジャーディン・マセソン商会というイギリス・ロスチャイルド系の企業があります。

そのアヘン業者のマセソン商会の日本支社がグラバー商会。彼らもすべてフリーメイソンです。竜馬はこの会社を経由して薩長の武器弾薬を手当しました。

そして、有名なペリーの黒船来航。

万次郎帰国の3年後にマシュー・ペリーが横須賀にやってきました。彼もまたフリーメイソンであり、そしてなんとワレン・デラノと親友でした。帰国後まもなく来航するなんてなんというタイミングなのでしょう!まるで何か狙いをすましたかのようです。

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ペリー来航によってサムライの世は終わりを告げました

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もはや無用の長物となってしまった「葵の紋」

ワレン・デラノだけでなく、彼の孫までも日本を操った!?

第二次世界大戦直前、当時のアメリカ大統領はフランクリン・デラノ・ルーズベルトです。前述のワレン・デラノの孫です。じつは彼もまた日本を操ったのではないかといわれています。

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当時ルーズベルトは、世界恐慌から立て直すべく、ニューディール政策を打ち出すも一時的な効果しか得られませんでした。金融引き締めによって失業率は大幅に上がってしまい政策は八方塞がりとなる始末。

軍需を高めて不況を切り抜けるしかないと考えた大統領でしたが、世論は「断固戦争反対」。アメリカから戦争を仕掛けるわけにはいかない…。

幕末同様、大日本帝国はこうして開国させられてしまった

そこでルーズベルトは、国務長官コーデル・ハルによって制作された「ハル・ノート」を大日本帝国に突きつけます。満州からの全面撤退と資産放棄などなど、当時の日本にとっては絶対に受け入れ難い条件を飲むように要求した内容でした。

当然、大統領は日本が受け入れるなんて思っていません。「窮鼠猫を噛む」という状態にもっていきたいだけでした。思惑通り日本は開戦に踏み切ってしまいます。

そしてアメリカ国民を一気に盛り上げるため、日本海軍の動きを事前に察知していたルーズベルトは自国の真珠湾を犠牲にします。日本から奇襲攻撃を受けたというシナリオです。

アメリカにとって日本の暗号傍受、解読などはお手のもの。日本海軍の動きなどはすっかりお見通しでした。間に合ったはずの宣戦布告もなぜか遅れてしまうという始末でした。見方によっては日本を陥れたととってもおかしくありませんね。

幕末同様、軍事政権の日本は解体されてしまいます。その後、アメリカの指導を受けながら現在に至るわけです。

大きなウソはだれも気付かない!?

東京裁判の判事だったインド出身のラダ・ピノール・パールはこう言っています。「ハル・ノートのようなものを突きつけられれば、モナコ公国やルクセンブルク大公国のような小国でさえ戦争に踏み切るだろう」と。

そのくらい「ハル・ノート」というのは譲歩の余地がないほどの強烈な内容でした。あなたは借金してようやく建てた豪邸を横取りされたらどう思いますが?かんたんな例えでいうとそういうことです。

何が正しいか、正しくないかの議論は横に置いておいて、日本は二度も国策に破れてしまったのかもしれません。「許されることではないではないか!」と叫びたい人もでてくるでしょう。でも当事者たちは絶対に「私が騙しました」とはいいませんね。

それどころか、広告会社、メディアを通じて自己防衛のためのPRをします。PR作戦で大きなウソをつき、ウソの正義を教科書などに載せて刷り込みます。

まさか教科書に載っていることがウソだとは思いませんよね?小さなウソってバレやすいですが、大きなウソってばれにくいと思いませんか?

ちなみにコーデル・ハルは戦後ノーベル平和賞を受賞しています。なんてことでしょう。

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ペリー来航で現在の日本が決定したようなもの!?

長いスパンで歴史をみてみると何かが見えてくる

ワレン・デラノからフランクリン・デラノ・ルーズベルトまで。彼ら一家によって近代の日本は左右されてきたといっても過言ではありませんね。

日本を操る人間を「ジャパンハンドラーズ」といいます。よくいえば「知日派」といえるのですが、万次郎にはどうみえていたのでしょうか?

まさかアメリカで自分を育ててくれた恩人を「ジャパンハンドラーズ」などとは思っていなかったことでしょう。

こうして長いスパンで歴史をヒモ解いてみると、断片的な歴史の疑惑も真実味を帯びてきませんか?ましてや、万次郎の銅像にフリーメイソンのシンボルを持っている事実も考えると真実味はグッとあがってきます。

残念ながら万次郎は上手に利用されてしまったのか…

頭のよい日本の少年に目をつけたフリーメイソンチームは、純粋無垢な少年に国際感覚を身につけさせ(洗脳)、帰国後に日本の重要人物に世界情勢を流布。そしてアメリカやイギリスの都合のいいように開国に導いていったのではないかというわけです。

うまく誘導して開国してからの約35年間、数々の不平等条約でずいぶんと利益を得たことでしょう。

万次郎の銅像にフリーメイソンのシンボルがあるということは、当時から会員であることを隠しておらず、彼自身が操られていたとは少しも感じていなかった証拠でしょう。逆にいえば純粋に日本のために尽力したともいえるのではないでしょうか。

そんな万次郎が操られていたことにもし気付いたとしたら、どのように行動していたでしょうか?歴史にイフはありませんが、世界の勢力図も変わっていただろうなと想像してしまうのは私だけでしょうか?

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