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ダンスカンパニー『金魚』の魅力~舞踏をベースにした異質の踊り

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ダンサーの数だけ踊り方があるコンテンポラリーダンス。

ダンスである以上、より動きを磨いて美しくみせようとするのが普通です。

舞踊を基礎として持つ『金魚』はまったく別のアプローチをとっています。きれいな振り付けではなく、踊りそのものをこわしにかかるような動きは、いったいどのような考えのもとに編み出されているのでしょうか。

自由なダンスさえも形である、という問題から抜け出した振り付け

もともと、バレエなどの確立されたダンスから抜け出し、より自由で型にはまらない表現方法を求めたのがコンテンポラリーダンスだと言えます。

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踊りとは本来、テクニックを編み出し、それをより上手にすることを目的としており、最先端のものといえども違いはありません。

一見、型破りなように見えても、じつは新しい型を作り出しているだけであり、根っこの部分は変わっていないと言えるでしょう。

しかし、舞踊をベースにした独自のダンスを貫くダンスカンパニー『金魚』は違います。ワークショップやオープンクラスといった場では、踊りとしての動きではなく、普段意識せずに使っている身体の細部を感じることや、いつもとは違う視点で身体の動きを意識することを教え、型を作ることを目的にしていません。

日本の伝統から生まれた異質な技術!海外の評価も色々

『金魚』の振付家である鈴木ユキオさんは、アスベスト館で舞踏をはじめた方であり、はじめのころはベースに暗黒舞踏(舞踊から派生した前衛的な踊り)がありました。

バレエなどが洗練された美しさ、極まったテクニックを重視しているのに対し、暗黒舞踏は踊る人が持つ内と外の空間を意識させます。例えば手を上にかかげた時、自分の力で持ち上げていると考えません。

上から一本の糸で釣られ引っ張られている、あるいは手の平から一本突き出た針が天井に刺さって固定されている、などのイメージで動かします。

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『金魚』の初期作品も、比較的この傾向が強かったと言えるでしょう。ですが作品を作り続けていくうちに、暗黒舞踏や海外のバレエとはまったく異なり、コンテンポラリーダンスのなかでも異質なものに進化しました。そのため、よく『金魚』のダンスは海外から「コンテンポラリーダンスではない」と評されもします。

動きを重視しないダンス?空間や身体の強さを魅せる表現

コンテンポラリーとみなされない理由は、恐らく彼らの目指すダンスの在り方にあるのでしょう。現代をリードする踊りの多くはコンセプト重視のものが多く、ほぼすべてのダンスカンパニーは動きにフォーカスしています。

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対して『金魚』のダンスは身体の内にある躍動感や肉体の存在そのもの、さらには空間を満たす力を観客に伝えることに重点をおいており、踊ることが全てではありません。彼らにとってダンスとは、身体の力を解き放った結果、自然と生じる動きであり、人体の内に宿る力の表れです。

見るべきは人体にあるもの、そして静かななかに感じるもの

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魅せるための振り付けをせず、上の画像のような状態で動きを止める場面もあります。観客は動きではなくダンサーの身体に注目することになります。おかげで西洋の思い描く踊りとはかけ離れたものとなり、バレエなどに親しんだ人々からはクラシックダンスから発展したものと感じることができないのでしょう。

動くことで観客の感性にうったえるのではなく、舞台に流れる音楽が止み、手や足を止め、ただ呼吸する一瞬で作品を表すのは、日本で生まれたコンテンポラリーダンスならではの魅力かもしれません。

作られた動きをなくすために、作られた動きを磨く矛盾

ただ人体の強さや、空間にあるエネルギーに注目させる点を進化させていくことで生まれる問題もあります。より身体に重きをおくには、作られた動きを徹底的に排除しなければなりません。

しかし振り付けを取り除くことも、ある意味では不自然さであり、見ようによっては「身体の強度をみせるために作られた動き」と考えることもできるでしょう。

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事実、振付家の鈴木ユキオさん本人はもちろん、カンパニー『金魚』のダンサーの方々も作品の上演回数を重ね訓練を続ける内に、力強く無駄のない動きを身につけるかわりに、ダンスという枠組みに接近しているふしがあります。

下手をすると踊りに呑み込まれてしまう可能性も否定できません。このことは振付家本人も感じているらしく「上手になってしまうことのつまらなさ」に注意しながら、日々稽古をしているようです。

今だからこそ必要な、ダンスを見つめるダンス

テクニックを磨きつつも、テクニックとして確立してはならないという矛盾を抱えて続けて行く難しさは、想像するよりはるかに大変なことです。ダンスでないダンスをきわめようと求め続けた先には、きっと現在ある踊りから抜け出た、生命の力を人々に伝える独創的な動きがあるに違いありません。

『金魚』の作品は、今後も目を離すことができないものです。「踊ること」に特化したダンサーたちにこそ、新たな気づきを与えるものとなるでしょう。

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ダンスカンパニー『金魚』は、動きよりも身体の強さや空間に目を向けた振り付けを追求し、多くのコンテンポラリーダンスとは異なる方向を目指しています。踊りよりも踊る肉体と場を重視した作品は、ときにダンスの枠組みを飛び越えつつも、新たな振り付けの可能性を示していくでしょう。

積み重ねた歴史のおかげで、美しく磨き上げられた動きがあたりまえになったいまだからこそ、彼らのようなダンスそのものを解体するスタイルを求めることが、踊りをより発展させることにつながるはずです。

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