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伝説のロックバンド~「あぶらだこ」の摩訶不思議な世界

日本のロックバンドの中でもかなり異質な魅力で聴く者を魅了する「あぶらだこ」、ご存知ない方もいると思います。ロックやポップスは好きだけれど、最近はどの曲もみな同じように感じる――そんな人にはぜひ聴いて・・・いや、「感じて」いただきたいと思います。

その入り口に足を踏み入れるとまずは拒否反応に襲われる

私がはじめて「あぶらだこ」の曲を耳にしたのが、音楽のこともその他のことも今以上に何もかも知らない高校生の当時でした。友人が、「これ、すげぇイイから聴いてみ」と言って放ってよこしたのが、真っ青なアルバムレーベルのCDでした。

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高校生と言えば、だれしも多少は「反骨心」が芽生え、それと同時に、ものごとの善し悪しも少しずつ理解できるようになる年頃です。それゆえ、反骨心を行動に反映して罰を受けるかわりに、ロックに憧れる少年少女はとても多いです。私もそんな中のひとりでした。

ミニコンポにCDをセットして、どんな音楽が流れてくるかと期待していました。小気味良いリズムのギターと16ビートのドラムのイントロ、そして、次々に迫りくる転調と、二転三転するリズムの変化に戸惑いました。

そうこうしているうちにインストロメンタルの1曲目が終わって、2曲目の冒頭、これまで聴いたことがないレベルの不快感をともなう声の持ち主が語りはじめたのです。その後はもうカオス・・・ひたすら不快感をガマンしながら意味のわからない歌詞と曲にただ呆然とする以外すべがありませんでした。

1回聴いただけで翌日友人にCDを返却し、もう二度とそのバンドの話はしないでくれと、少々きつく言いました。友人は笑っていましたが、「そんなにヒドイか?」と、いささか不思議そうでもありました。

「あぶらだこ」との出会い、そして意味のわからない魅力にとらわれる

それから25年、おそらく私がその間「あぶらだこ」のことを思い出したことは一度もなかったと思います。少なくともそういう必要がなかったことだけは間違いありません。
ところがある日、「あぶらだこ」をもう一度聴いてみたいという意味のわからない欲求に襲われることになりました。

理由なんてありません。ある日不意のことなのです。もしかしたら、「あぶらだこ」自体もう消滅してしまったのかもしれないと思いました。ネット上で探してみたところで再び出会うことはないのではないかと、そんなふうに危惧しながら検索をかけてみました。

するとなんと、想像していた以上にたくさんの楽曲に出会うことができたではありませんか!もちろん私はすぐに再生してみました。25年の歳月を経て、あの忌まわしいヴォーカルとの再会を果たしたのです。それ以来毎日、もちろん今も私はわけのわからない叫びとも呪文ともつかない声を聴きながらこの文章を書いています。

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「あぶらだこ」の存在感の謎とその音楽性

「あぶらだこ」は1983年に結成され、その前身である「変態クラブ」の時代から数えるとすでに35年近くの歴史があるバンドです。現在も活動中ということで、なぜか非常にうれしくなりました。しかも、年々その存在感が色濃くなっていることが、ネット上のファンの反応からもよくわかります。

彼らの音楽性をひとことで表現することはあまりにも難しいです。もしかしたら、彼らの音楽性を論じること自体に意味がないのかもしれないとさえ思えます。彼らがなぜその形を選択し、何を表現しようとしているのか、私には正直よくわかりません。ただその存在感は異様とも言えるほどのものがあります。

メロディーを無視して語るように歌う人は多いです。あるいは、ロックというジャンルにおいてのみ許される「シャウト」は、はじめからメロディーを無視しています。しかし「あぶらだこ」の場合、メロディーは初めからすべて無視、しかも、リズムも完全に無視されてしまうという特徴があります。

メロディーとリズム、そして歌詞がそれぞれ完全に独立し、それぞれ適当な方向を歩きながら調和するという、ひとことで言えば摩訶不思議な世界がそこに広がります。特にそういう世界を望んでいたわけではないのですが、25年以上の歳月を経て、私はなぜか、それまでにたった一度しか見たことがなかった世界を再訪したのです。

驚くべき技術と比類なき想像力、創造力

高校生のころ、私自身がいろいろな楽器にチャレンジした経験がありました。別にプロを目指すとかだれかに自慢するとかの目的はなく、何にでも食いつく年頃の少年少女にありがちな時間の過ごし方だったと思います。

それだけに、プロをつかまえて「○○よりも××のほうがギターはうまい」といった評論家を気取ったりもしました。もし現在の私に正しい耳が備わっているとすれば、「あぶらだこ」は日本のロックバンドの中でも最上位かその周辺に位置すべき技術があります。

それはギターしかりベースしかり、ドラムもまったく同様です。そして、長谷川裕倫の狂気をはらんだヴォーカルは、その想像力、創造力ともに常軌を逸しています。理解を求めず拒否を前提としたその世界には、大きな不快感の中にわずかな知的好奇心と快楽の光が差しているのです。

唯一無二の音楽を感じることができるかもしれない

私が最初に聴いたアルバム(通称「青版」)は、あまりにも複雑怪奇な内容からクレーム品となり、自主制作版になってしまったとされます。しかし、私はこのアルバムが一番好きです。彼らを最も適切に表現していると思えるからです。

他のだれかが真似しようにも絶対不可能です、こんな音楽は。かつての私のように、一度聴いてそれを拒否することになってしまうかもしれませんが、それは彼らの音楽が唯一無二だからでしょう。抗体がなければ拒否反応が出るのも不思議はありません。

でも、そういう音楽って、興味がありませんか? そんな「伝説」に、触れてみたくはありませんか?

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コメント

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  • コメント (3)

    • Mari-co
    • 2014年 3月 30日

    バンド名は、変態バンドではなく、変態クラブですよ。

    • 知る蔵
    • 2014年 4月 08日

    ご指摘ありがとうございました。
    記事を修正させていただきましたのでご確認ください。
    今後とも知る蔵をよろしくお願いいたします。

    • きまた、
    • 2014年 4月 13日

    あぶらだこを紹介しても、みんないつもなかなか理解してくれないので、このようにあぶらだこを評価する記事を見るとうれしくなります。

    芸術家の岡本太郎は、「芸術ってのは判断を超えて、何だ!これは!っていうものだけが本物なんだ」といいました。あぶらだこは芸術だと私は思っています。

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