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日本の登山家はスゴイ人ばかりだった!~知られざる偉大な登山家たち

2014.04.20

日本の登山家はスゴイ人ばかりだった!~知られざる偉大な登山家たち はコメントを受け付けていません

世界トップレベルの高峰は、ほとんどがエベレスト周辺のヒマラヤに集中しています。そこから遠く離れた日本で暮らす私たちには、まるで別世界のように感じられるでしょう。

登山界では近年、自撮りした映像をネット配信する登山タレント、栗城史多の登場によって再び登山ブームが再燃しつつあります。

また、昨年には三浦雄一郎のエベレスト登頂者最高齢記録の更新や、さらにはテレビタレントのイモトアヤコによる、ヒマラヤの8000m峰の一つである、マナスルへの登頂成功が大きな話題を呼びました。

しかし、日本の登山界にはもっとすごい人たちがいるのをご存じですか?実は日本は登山家大国なんです。

険しい地形の中で暮らしてきた日本人

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狭い国土の多くが山岳で占められている日本では、山というのは昔からとても身近な存在でした。あまりにも身近すぎるゆえに、登山を「スポーツ」としてとらえている方はあまり多くないかも知れません。

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これまでに一度も山に登ったことがない、という方は少数派なのではないでしょうか。しかし、それを当たり前のことだと思っていませんか?実はこんなに登山経験者が多い国はそれほど多くはありません。

無意識のうちに私たち日本人は、登山家としての素養を身に着けながら生活をしてきたのです。

スポーツとして本気の登山を始めたのはいつ?

No2-2-020 03▲美しくも険しいヨーロッパアルプス。ここから近代登山史はスタートしました。

世界的な近代登山のスタートは、1760年のアルプス最高峰であるモンブラン登頂と言われています。では、日本で近代登山がはじまったのはいつなのでしょう?

じつは140年以上も遅れた1905年、「日本山岳会」の発足が日本における近代登山史のはじまりとされています。同時期に欧州から、今日の登山には欠かすことのできないピッケルやストックなどの道具が持ち込まれました。

これほどまでに遅れたスタートになったにもかかわらず、前述のように昔から山に親しみ、山と共に暮らしてきた日本人ですので、急速な成長を遂げました。

1950年代に入ると、エベレストやマナスルといった8000m峰の初登頂ラッシュによって一気に国内での登山ブームに火が点きます。次々と未踏ルートの開拓に挑戦し、世界の登山界をリードする存在へとなっていきます。

世界有数のクライマー・山野井泰史

No2-2-020 04▲こんな絶壁を登ってしまうなんて…まさに人間離れしています

世界一の登山家と言えば誰を思い浮かべますか?「なぜ山に登るのか?」という問いに対して「そこに山があるから」という名セリフを残したジョージ・マロリーでしょうか?それともエベレスト初登頂に成功したエドモンド・ヒラリー?

もちろん、彼らのような偉大な先人がいたからこそ、現在の登山があると言えます。しかし、現代の登山家も彼らに決して劣らない実力を持っています。

その代表が日本の誇る名クライマー・山野井泰史でしょう。彼の最大の魅力であり武器となるのが、その卓越したソロクライミング技術と、完璧な身体バランスです。

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彼はこの武器をもって、アマ・ダブラムやチョ・オユー、クスム・ガングルなどの高峰の新ルート開拓や初登頂を成し遂げています。

ただ山頂にたどり着くことを目的にするのではなく、極限まで難しい選択肢を探し、たった一人で挑む。まさに近代登山の主流となっている思想をもっとも体現している登山家の一人が山野井です。

もちろん、ヒマラヤの過酷な環境の前に敗退することもあれば、天候不良が原因の事故によって大きな怪我を負ったこともあります。しかし、それでも彼は難ルートに挑み続け、登山界でその名を刻み続けてきました。

そして、49歳を迎える今も山への情熱は尽きていないようです。筆者は彼もまたジョージ・マロリーやエドモンド・ヒラリー、エベレスト単独無酸素登頂に成功した「化け物」ラインホルト・メスナーらと肩を並べることのできる世界有数のクライマーであると考えています。

2012年、日本登山界に歓喜の瞬間がやってきた…しかしあまりにも寂しい報道

No2-2-020 05▲日本登山界の歓喜の瞬間…その舞台となったダウラギリ

1986年、イタリアのラインホルト・メスナーが世界で初めて世界に14座存在する8000m峰すべての登頂に成功しました。

当然、山田昇らをはじめとする日本を代表する登山家たちもこれを目指し、挑戦を続けてきました。しかし、長い間達成できずにいました。まさに、14座制覇は日本登山界の悲願となっていました。

それを達成したのが竹内洋岳です。2012年のことでした。メスナーから16年も遅れをとってようやく悲願を達成したのです。

筆者は、14座達成への最後の1座であるダウラギリ登頂の瞬間を心待ちにしながら、ネットを介して毎日彼の現在地を追っていました。日本登山史に刻まれる歓喜の瞬間をリアルタイムで味わえることにとても興奮していたのを覚えています。

そして、迎えた5月26日。ついに彼はダウラギリの山頂に立ちました。日本中が歓喜につつまれる…そう考えていましたが、世間の反応は意外に冷たいものでした。

筆者の記憶では、一般紙にはそれなりに大きくこの偉業の達成が伝えられていましたが、テレビなどの媒体ではほとんど見ることはできませんでした。拍子抜けし、すこし寂しくなってしまったのを覚えています。

派手なパフォーマンスで有名な栗城史多や、タレントのイモトアヤコの挑戦の取り上げられ方と比較して、あまりにも寂しい偉業達成の瞬間だったのでは…と思ってしまいます。

栗城史多やイモトアヤコの登山を否定するわけではありません。しかし、同じように注目すべき登山家がいることを知っていただきたいと思います。

日本には、山野井泰史や竹内洋岳をはじめとする偉大な登山家が多くいるにもかかわらず、資金難によって思うように山へ向かうことができない状況が続いていると言われています。もう少しだけ、偉大な日本の登山史にも目を向けていただけたら、と筆者は思っています。

世界ではとても高い評価を受けているにもかかわらず、当の私たちが、日本が生んだ偉大な登山家たちのことをまったく知らないのは寂しいと思いませんか?

Byチリペッパー眞木

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