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真冬に神社でミソギをすると、どれほど辛いか試してみました

2014.01.17

真冬に神社でミソギをすると、どれほど辛いか試してみました はコメントを受け付けていません

禊(みそぎ)を経験してきました。よくご存じない方が多いと思いますが、「滝に打たれる修行」といえば、どんなものかはお分かりいただけるでしょう。

ただ、「滝」だけが禊ではありません。色んな形式があり、真冬に川や海につかるというものもあります。

想像するだけで辛いものであることは分かるので、「ぜひやってみよう!」という人は多くはないはずです。

私は辛いことが大嫌いな怠け者ですので、普通ならこうしたものにチャレンジするタイプではありませんが、ひょんなことから体験することになりました。

気温が5度くらいの寒空の中、凍るほどに冷たい川につかるという厳しい修行でしたが、とても不思議な体験になりました。どんなものだったのかご紹介します。

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企業の社員研修にも使われるトレーニングです

禊(みそぎ)は神道の行事ですが、私が参加したのは宗教団体等ではありません。企業向けの社員トレーニングを行なう会社が、精神修養の訓練のためのひとつのステップに、これを取り入れていただけです。

宗教とは全く無関係に、単に「辛くて神聖なものを経験する」ことが精神的な成長に役立つはずという考えに基づいて、カリキュラム化されていました。私はひょんなきっかけから、これに参加するハメになったのです。

身を清めるための神事です

禊は重大な神事を行う前に、けがれた身体を清めるために行なわれ、滝や川、海など水のあるところでするのが普通です。

万葉集にもこれを歌った和歌があるので、奈良時代には既に行なわれていたようです。古事記にイザナギノミコトが身を清めた話があり、これが起源とも言われています。

風呂のなかった古代においては、文字通り「体をきれいにする」ためでもあったのかも知れませんが、精神を清めるという意味があるものと思われます。

そのため、単に水につかるだけでなく、冷たい水、(滝のような)痛い水など辛いものであることが多いです。肉体を厳しい環境におくことで、心のウミを出すことができると考えられているのでしょう。

まずは座禅から、でした

サッと川に行って、ササッとつかって戻れば良いのかと思っていましたが、まずは座禅をしなければなりませんでした。座禅というものも初めての経験でしたが、なかなか辛いものです。

足を組んでただじっと黙って過ごさなければなりません。誰かと話したりするのは禁止されているので、畳の上で1時間ほど黙々と座っているだけです。

最初のうちは辛くて仕方がありませんでしたが、何度か繰り返すうちに気持ちの良いものになりました。

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頭の中を空っぽにすると気持ちが良いのです。何も考えないで過ごすということ自体に、精神を活性化させる効果があるのではないでしょうか。

とにかく、座禅をした後は心が穏やかになります。後になって分かったのですが、心を空っぽにする訓練をしていないと禊には耐えられません。

本番の正装は褌です!

さあ本番という段になると、褌(ふんどし)をはかされました。これが禊の「正装」のようです。真冬だというのに上には薄い浴衣一枚で、その格好のまま1時間ほど座禅をします。この段階になると、寒いとは思わなくなってきました。

気温は5度くらいで部屋には暖房もありませんので寒いはずなのですが、座禅で頭を空っぽにすることを繰り返したおかげか、寒さについて考えることはありませんでした。感覚がなくなったというよりも、思考がそっちに向かわないという感じです。

座禅を終えると、禊についての説明を受けました。これから神社の近くの五十鈴川まで歩いて行き、水につかって戻ってくるが、その間は一切口を聞いてはいけない、ということです。

だし、川に入っている間に一首の和歌を朗詠するので、その時だけは声を出してよいとのこと。和歌はあらかじめ暗記させられた五十鈴川の歌でした。

川に向かう道は不安でいっぱい

座禅を終えて川に向かいましたが、その間に不安が沸き起こってきます。真冬に水につかれば「ヒャー」と声を上げるのが普通でしょう。声を上げないでいられるか心配でした。氷に近いような水に何分間もつかることが自分にできるとも思えません。

心臓まひになりはしないかと心配にもなりました。かなり厳しいです。道すがら、頭の中では不安と心配と臆病風が渦巻きました。しかし、現地に到着すると心を決めるしかありません。「どうせ逃げられないのなら、諦めよう」と。

いざ、川へ! そこでビックリ体験が

掛け声に合わせて浴衣を脱ぎ、川に静かに入って行ったのですが……。まずは、驚きました。左足を五十鈴川の水につけた瞬間のことです。

全然冷たくありません。「あれ?」という感じです。そのままどんどん進んで、肩まで水につかりましたが肌に何の感覚もありません。冷たいとかぬるいとかではなく、まったく何も感じないのです。

その時に初めて気が付きました。身体感覚はコントロールできるものなのだと。「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言いますが、そんな感じです。人間にはすごい能力が備わっているのだと知りました。驚くべき体験をしました!

翌日は神社の奥まで入れていただきました

翌日には伊勢神宮にお参りをしましたが、普通に参拝する際に入れるエリアよりも奥のところまで入れていただきました。禊をした人しか入れないのだそうです。とても得した気分です。

禊はとても素晴らしい体験になりました。宗教的な意味ではなく、自分の精神のコントロールについて新たな発見があったからです。

冷たいとか寒いとかという感覚ですら、心によって制御することができる……本当に驚きでした。興味のある人は、ぜひチャレンジしてみてください。

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