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オルフェーヴルへと続く奇跡の血~メジロアサマから受け継いだもの

競馬のキャラクタ−02

2013年の有馬記念で、見事に有終の美を、あり得ないような強さで飾ったオルフェーヴル。華々しく登場し、華々しくターフを去ることになりましたが、しかしそんな華々しさの裏で、オルフェーヴルはその誕生自体が奇跡的であるとも考えられています。

最強の三冠馬誕生の秘密と、その血のルーツをたどります。

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あの驚愕のスタミナの秘密は母系にあった!

オルフェーヴルというと、抜け出すときの「猛烈な瞬発力」がその代名詞であったと考える人が多いでしょう。しかし、あの奇跡的な脚を繰り出す源となっていたのは、お父さんの系統から受け継がれた「激しい気性」と、そしてお母さんの系統から受け継がれた「無尽蔵のスタミナ」だったはずです。

お母さんの系統というと、大種牡馬ノーザンテースト、そしてメジロマックイーンという、まさに「日本がはぐくんだ血」に彩られた配合でした。ノーザンテーストは、ノーザンダンサー直仔ということで、未だ活気ある血統背景にあることは広く知られています。

一方メジロマックイーンというと、天皇賞春連覇という前人未到の偉業を達成した「長距離の鬼」と呼ばれた名馬でした。同時に、その父メジロティターン、さらにその父メジロアサマ(その父パーソロン)と、父子三代天皇賞制覇の大偉業を達成していました。

オルフェーヴルが驚くべきスタミナを発揮したのは、このあまりにも重厚な血脈が大きく影響していたと言えるでしょう。

4代父は「失格種牡馬」だった!

これだけ見れば、オルフェーヴルがとても優秀な血統に彩られたヒーローであると感じるかもしれません。しかし実は、この血の流れは非常に険しい道のりをようやくたどりついて、やっとの思いでオルフェーヴルの体内に流れ込んだという背景がありました。

おそらく多くの人が知っているであろう三冠馬ディープインパクトは、年間200頭を超えるお嫁さんと交配し、たくさんの子どもを世に生みだしています。これから父となるオルフェーヴルもおそらくこの先輩三冠馬と同じ種牡馬生活を送ることになるはずです。

オルフェーヴルからさかのぼって4代目の父メジロアサマは、天皇賞秋を優勝して種牡馬入りし、優秀な産駒を送るべく関係者の大きな期待を集めました。ところが、アサマの受胎率は極めて低く、なんと種牡馬生活でたったの「21頭」しか産駒を世に送り出すことができませんでした。

これに関係者は大いに失望し、メジロアサマはいつしか「失格種牡馬」の烙印を押されることになったのです。ディープインパクトやオルフェーヴルは、きっと生涯で2000頭前後の産駒を送ることになると思います。もちろんこれまでにそうした種牡馬はたくさんいました。

それでもビッグレースを勝つような子を世に送る種牡馬はほんのひと握りに過ぎないのが競馬の世界。競走馬も繁殖馬も、生き残るためにとても厳しい戦いを続けなければならないのです。アサマの「21頭」は、数字だけ見れば絶望的と言わざるを得ませんでした。

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天才的な失格種牡馬

競馬の世界ですから、優秀な血をのこすためには少なくとも「子どもを世に送る」ことが種牡馬としての大前提です。それができない時点で、種牡馬としては無価値に等しいと考えられます。メジロアサマも当然そうした白い目で見られ続けながら種牡馬生活を送らなければなりませんでした。

ところが、そのわずか21頭の中から桜花賞2着の牝馬を出し、そして天皇賞馬・メジロティターンを出したというから驚きです。他にも、足元が無事でさえあれば、ビッグレースを勝てたとまで言われた牡馬も輩出していました。

要するに、「普通の種牡馬」の多くが不可能と思われることを、「失格種牡馬」が成し遂げてしまったのです。これもまた、競馬のロマンと言えるでしょう。むしろ、これ以上のロマンがそう簡単に描かれることはありません。

子を送れない以上、失格種牡馬であることは疑いようがありません。しかし同時に、メジロアサマは「天才的種牡馬」であったことも間違いありません。

メジロの奇跡~マックイーンの登場

メジロティターンも、父アサマほどではないにせよ、やはり受胎率は低く、ある意味失格種牡馬に近い評価を受けました。しかし、メジロアサマの血はしたたかでした。あろうことか、ティターンの子・マックイーンが天皇賞を優勝したのです。

メジロマックイーンは、天皇賞連覇と菊花賞、宝塚記念など、ひとつの時代を築いたスーパースターとして有名です。特に、父子三代天皇賞制覇は世界レベルで見ても稀有な記録でした。他にも天皇賞連覇、獲得賞金10億突破、4年連続GⅠ制覇など、史上初の快挙をいくつも打ち立てたスーパーホースでした。

マックイーンの挫折とオルフェーヴルという栄光

競走馬時代は素晴らしいパフォーマンスを見せつけたメジロマックイーンでしたが、種牡馬としては鳴かず飛ばず。これはもはや、この血の宿命ともいうべき事実だったのかもしれません。マックイーンは志半ばにしてこの世を去りました。

父子四代天皇賞馬を輩出することはおろか、産駒はそれ以外のビッグレースを勝つこともかないませんでした。ここに、メジロアサマによる奇跡の血脈もいよいよ幕を下ろすかに思われたその矢先のことでした。

メジロマックイーンの孫であるオルフェーヴルが誕生したのです。その後のことは、競馬ファンであればだれもが知るところでしょう。ただ、もうひとつのエピソードを加えるなら、それはマックイーンの娘(オルフェーヴルの母)は、当初ディープインパクトとの交配が予定されていたということです。

ところが、種牡馬としても優秀なディープにしては珍しく、度重なるチャレンジも結局受胎せず。仕方なく「代打」のステイゴールドと交配して生まれてきたのが、未来の三冠馬であったというおまけつきでした。
本当に、この一族はひと筋縄ではいかない血筋なのです。

いや、だからこそ、ひと筋縄ではいかなかったオルフェーヴルという偉大なスーパーホースが誕生したのでしょう。4代前にその血の流れが途絶えかけながらも、その血は常に危うい流れをつないでつないで、そして今、史上最強の三冠馬の体内で力強く流れているのです。

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